研究概要 |
複数原子イオンを固体に入射したときの電子励起に伴うエネルギー損失および2次電子のカイネティック放出について理論的に調べた。まず、単一イオンの平均電荷をイオン速さの関数としてユニバーサルに表現する式を統計モデルで導いた。その式に、周囲のイオンの影響を取り入れて、着目するイオンの平均電荷を自己無撞着に決定する理論である。これにより,複数原子イオンの平均電荷は単一イオンのそれよりも小さいこと(「平均電荷のクラスター効果」)、および、クラスター平均電荷の粒子数依存性、速さ依存性、イオンの空間構造依存性、膜厚依存性などが明確に理解できるようになり、この結果は最近の実験結果と非常によく一致した。つぎに、クラスターの平均電荷を考慮し、複数原子イオンのエネルギー損失を、クーロン爆発による膨張効果をも取り入れて「波束モデル」で評価した。その結果、入射エネルギーと膜厚によって、イオン1個あたりのエネルギー損失量は、同速の単一イオンと比較して、閾速度以下では小さく、閾速度以上では大きくなる(「エネルギー損失におけるクラスター効果」)ことを見出した。この結果も最近の実験結果と非常によく一致した。さらに、2次電子のカイネティック放出について、入射イオンによる固体内部での電子励起、電子の表面までの伝播、表面ポテンシャルからの脱出、という3段階モデルで考察した。計算結果は、最近の筑波大のグループによるC_n+(n=1,4,8)クラスターイオン照射によって炭素薄膜(HOPG)から放出される2次電子のエネルギースペクトルと定性的に矛盾しない。また、2次電子収量は平均電荷およびクラスターのエネルギー損失と強い相関があることが判った。このほか、内殻電子の多重電離に関して、ユニタリティーを満足する「エネルギー移送モデルによる電離確率の公式」を開発し、フィッティング・パラメーターなしで実験データとの良い一致をみた。
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