初年度はベクトル信号処理に関する基本的な研究を行った。最も簡単な方式として、信号を2次元のベクトルとし、これをフィルタバンクで処理するために、マルチフィルタバンクを構成した。そこで完全再構成マルチフィルタバンクを構成するための理論的な考察を行い、具体的な設計法を示した。すなわち線形位相条件を課し、完全再構成と線形位相を構造的に満たすラティス構造を提案した。これにより制約条件を課すことなく線形位相を満たす2チャンネル完全再構成マルチフィルタが実現できた。一方画像符号化の応用を考慮してこのマルチフィルタバンクの設計法を検討した。従来のフィルタバンクでは符号化利得と呼ばれる評価量を最適化していたが、これをそのままマルティフィルタの設計問題に適用できない。そこでマルチフィルタバンクを等価なスカラーフィルタバンクに変換する手法を示し、符号化利得と阻止域減衰量を評価基準とすることで、画像符号化に適したマルチフィルタバンクの設計を行った。これを実際に画像符号化に適用するために、信号をベクトル化するためのプレフィルタについても考察し、さらにマルチフィルタバンクを多段接続し、マルチウエーブレットを構成する際の条件についても考察し、様々なシミュレーションから、従来のスカラーフィルタバンクによる画像符号化よりも優れた方式であることを示した。 今年度は2チャンネルをさらに拡張しMチャンネルとし、線形位相条件を課さない一般的なフィルタバンクの設計を行った。符号化の際に重要となる直流漏れを避けるために、構造的にレギュラリティ条件を、満たす新たなフィルタバンクの構成法も示した。しかし、線形位相を有していないために、境界部分の歪みの削除に重要な対称拡張法を用いることはできず、特異値分解を用いて一般的なフィルタバンクの新しい拡張法を示した。これにより従来法よりも符号化性能の高いフィルタバンクを構成することができた。本課題により、ベクトル信号処理の新しい可能性を示し、また一般的なフィルタバンクの有用性を示すことができたことは、当初の目的以上の成果が得られたと確信する。
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