研究概要 |
網膜の情報処理機構の解明を目指した研究によって,網膜内神経細胞の数理モデルが構築されてきた.従来モデルは,神経細胞で生じる一連の生理学的過程を微分方程式として数理的に記述・再現したものである.一方,神経細胞の電気的活動の基本を担う機構は,細胞膜に存在し確率的に開閉するイオンチャネルである.従来モデルは個々のチャネルの挙動を巨視的に捉え,微分方程式として記述したものであり,決定論的なものである.しかし,神経スパイクが発生するタイミングや閾値には,イオンチャネルの確率的な振る舞いが重要な役割を果たすと考えられ,確率論的挙動と決定論的挙動の関係を明らかにすることが重要と考えられる.本研究では,イオンチャネルの確率論的挙動を導入した網膜神経細胞の数理モデルを構築し,「網膜でのスパイク発火において個々のイオンチャネルの確率的特性がどのような役割を果たすか」,「色情報,空間情報,動き情報等の視覚情報がどのようなスパイク信号に符号化されるか」について,その具体的機構と機能的意義を明らかとすることを目的とする. 本年度は,網膜神経節細胞のイオンチャネルについて,状態遷移モデルによって確率的な特性を記述したモデルを構築した.確率論的モデルと決定論的モデルの特性をシミュレーション解析した結果,膜電位や膜電流をステップ上に固定した場合,チャネル数が多くなると,確率論的モデルは決定論的モデルの特性に近づくことがわかった.また,変動成分を含んだ入力に対して,再現性のある発火パターンが生じることがわかった.この結果は,フリッカー光刺激に対して実験的に報告されている神経節細胞の発火パターンに相当すると考えられる.神経節細胞でのスパイク情報への変換において,イオンチャネルの確率的挙動が重要な役割を果たすものと考えられる.
|