本研究では、高齢者の地域環境や生活環境における「記憶」のうち特に場所に関する記憶について実証的に考察することを試みた。高齢期には身体機能の低下で外出機会の減少や、記憶自体の低下などに起因する場所と行動との齟齬による問題が起こることがある。これらは当事者のQOLを低くするものであるが、本研究はこれらの問題に対する何らかの解決を見出す事を目的の根底に据えている。ところで、本研究が対象とする記憶は記憶研究の中でもいまだ研究蓄積の薄い「日常記憶」にあたる分野である。そのため日常記憶を中心に既往研究調査等に力を注いで知識を充実させるとともに、具体的な実験、調査の手法、分析の開発および準備を積み重ね、本調査へと展開させた。調査は、(1)地域環境の中での「場所に関する記憶」の保持状況、(2)痴呆性高齢者の環境行動と「場所に関する記憶」について行った。(1)については、都市の中で物理的環境状況が保たれている地域に居住する高齢者(東京都根津、長期居住者を対象)の「場所」を中心とした日常記憶について、現在の街の状況を撮影した写真を見ながらのインタビュー形式で調査を行った。また、「場所記憶」と「回想」の関係について考察を行った(文2)。(2)の調査は、プレ調査の後、特別養護老人ホーム2施設、グループホーム3施設を対象として行った。この調査では痴呆症状を持つ高齢者にしばしば見られる「錯誤行動」を取り上げ、個々人の「場所に関する体験的記憶」との関連を検討した。入居者による施設内での日常生活においける環境と行動との齟齬(錯誤行動)について、各施設スタッフへの事前アンケートの後、訪問して実地調査及びスタッフへのヒアリングを行った。場所についての個人的な記憶の影響による錯誤の他、場所に関する従来的な習慣が「錯誤」に繋がりやすい場所の存在などが示唆された。 文1)写真を用いた回想法について古賀紀江、横山ゆりか前橋工科大学紀要6号文2)次ページ研究発表の欄参照
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