準結晶構造には結晶のような周期性が存在しないため、その原子配列を正確に決めることは一般に難しい。走査トンネル顕微鏡法(STM法)は、固体の実空間構造を原子分解能で観察する方法の一つである。従来準結晶の構造研究に多用されてきた高分解能電子顕微鏡法(HRTEM法)に比べると、HRTEM法が試料厚さ方向の平均構造を観察するのに対し、STM法では表面ほぼ一原子層の構造を観察するため、原理的には像解釈が容易であり、より詳細な情報を得ることができる可能性がある。また、STM法は、走査トンネル分光法(STS法)と併用することにより準結晶の電子状態の空間依存性を原子分解能で観測でき、理論的に予測されている臨界状態、閉じ込め状態等の特殊な電子波動関数が観測できる可能性がある。本研究では、以上のような観点からSTM法およびSTS法を用いて準結晶の原子構造および電子状態を調べることを目的としている。本年度は、Al-Ni-Co系正10角形準結晶相についてSTM観察およびSTS測定を行った。STM観察では、i)原子配列の準周期秩序の完全性が高いこと、ii)2種類の準周期面が10_5らせん対称の関係にあること、iii)10回軸方向の周期性が表面再構成により数種類存在すること、iv)フェイゾン欠陥の密度は極めて低いこと、が示された。またSTS測定では、試料-探針間距離をかえて種々の条件でスペクトルを測定したところ、表面準位に対応する幾つかのピークが再現性よく観測された。以上のようなSTM観察結果およびSTS測定結果についてさらに考察する目的で準結晶中の電子状態の計算も現在すすめている。いままでの計算でフェルミ面付近の電子の波動関数がNiとCo原子に局在することが明らかになり、観察されたSTM像中の特徴的な5回対称の局所構造が再現されている。
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