研究代表者らは放射光が連続波長スペクトルを持つ高輝度光であることに着目して、新しい回折法「波長変調回折法」を創案し、従来の回折法では得られない、物質のミクロ構造に関する情報が引き出せることを示した。そして有機物結晶を対象とし、原子の吸収端近傍の波長を用いてBragg反射を記録し、X線の異常散乱現象によって反射の強度プロフイルに現われる強度勾配から結晶構造因子の「位相」を導出することに成功した。 本研究においてはこの波長変調回折法を発展させ、「wide band波長X線回折法」とも名付けるべき新しい方法を開発することを目指した。この方法では、深さ方向に膜の厚さを変化させて作った特殊な多層膜分光器を導入し、多層膜による反射・干渉により約0.1nmの波長幅を持つ平行X線ビームを作り出し、それを回折実験に用いる。分光器は固定したままでよく、十分な強度を持つビームが得られる。立命館大学の放射光源に設置してあるX線回折ビームラインにこの多層膜分光器を取り付けて試験を行った結果、きわめて良質なX線ビームが得られた。波長幅の中に原子の吸収端波長を含めることによって異常散乱現象を生じさせ、強度プロフイルに現われる強度勾配が精度良く効率的に記録できることがわかった。この方法により鏡像異性体の性質を持つフエロセン誘導体の結晶について、Fe原子を異常散乱原子とし、Friedel対の関係にある多くのBragg反射対の強度プロフイルを記録し、異性体分子の絶対配置の決定を行って満足すべき結果を得た。この成功によって本研究で開発した方法が結晶学の広い範囲へ応用可能であるという十分な見通しを得ることができた。
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