脂質は多彩な代謝系を経て脂質メディエーターとなり、種々の生理現象を司る。植物においても動物に匹敵する種類の脂質メディエーターが生成され、そのそれぞれが独自の機能を果たしている。これらはその特異的な生理活性から必要な時期に必要な量を最適な組み合わせで生成される必要がある。こうした代謝調節は個々の代謝系のクロストークを交えた複雑なネットワーク構造に依存している。本研究ではメタボロミクス的手法を用いて、シロイヌナズナ脂質メディエーター生成に関連する遺伝子群の発現解析と脂質メディエーター類の一斉解析を融合し、脂質メディエーター生成制御ネットワークの全容を明らかにすることを目的とする。15年度は以下の成果を得た。RT-PCRによる脂質メディエーター生合成関連遺伝子、特に脂質加水分解酵素遺伝子発現の網羅的解析を進めた。その結果、DLL1が傷害や、サリチル酸処理により顕著に誘導されることが明らかとなった。また、DLL2とDLL7が比較的恒常的に発現しており、しかも傷害処理等で誘導されることが明らかとなった。そこで、それぞれの遣伝子に関するノックアウト体を単離した。各ノックアウト体を通常の条件下で生育させた場合、その表現型は野生株と大きな差がなかった。しかし、DLL1ノックアウト体を乾燥条件に曝すとその生育が顕著に抑制された。そこで、このものについてオキシリピンプロファイリングを行ったところ、以外にもジャスモン酸関連化合物が野生株よりも多い傾向が得られた。一方、DLL2とDLL7は千束帯の重複領域にあるため互いに相補的であると考えられた。そこで、重ノックアウトの作出を試みた。しかし、交雑では重ノックアウト体が得られず、またその遺伝型の分離パターンが偏っていた。種々検討の結果、DLL7、DLL2両方を欠いた配偶子の生殖能力が失われていることが明らかとなった。これは配偶子の生殖能力に脂質メディエーターが関与していることを示唆する初めての知見である。
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