胃潰瘍の原因となるピロリ菌は、通常の血清を含む培地の代わりに環状の糖鎖構造を持つβ-シクロデキストリン(CD)でも培養する事ができる。この原因については、培地中に存在する生育阻害物質等をCDが空孔内に取り込み、それら物質の有効濃度を減少させることにより、菌の生育に有利な状況をつくり出すためではないかとの考えが提出されている。もし、その物質を特定することができれば、H.P.生育阻害活性の発現機構を解明し、新たなH.P.治療薬の開発へと発展させることも可能ではないかと期待される。そこで、筆者らは、全くUV吸収を持たないCDを誘導体化し、クロマトグラフィーの手法によって、効率よくCD-包接複合体を含む画分のみを取り出す手法を開発する事とした。 そこで、ビオチン、カルボキシルフルオレセイン、あるいは、p-ブロモテトラフルオロ安息香酸を持つβ-CD誘導体を合成し、ピロリ菌の培養を行うこととした。ビオチンを有するものは、水に対する溶解性が悪く、培養に用いることができなかった。残りの2つの誘導体は、良好な溶解性を持ち、ピロリ菌の培養に用いたところ、β-CDと同様にピロリ菌の増殖が観測された。ブロモテトラフルオロ安息香酸を持つものについて、培養上清を分析し、質量分析上で臭素由来の同位体分布を指標にCDの溶出場所の特定を進めたが、その特定にはいたらなかった.一方、カルボキシフルオレセインを有する誘導体を用いて培養した上清をゲルクロマトグラフィーにより分析したところ、期待どおり、蛍光によって容易にCDの存在する画分を同定することができた。そこで、その分画を大量に分取し、質量分析系によって分子量を測定した.その結果、CDの分子量と同時に約100amu大きなシグナルが観測され、何らかの化合物を包接している可能性が示唆された。NMRによりその構造の解析を試みているが、現在のところ、まだ構造の特定には至っていない.以上のように、本研究により、CD包接体を効率良く分離する手法を開発することができた。
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