「自発摂餌」は魚の学習能力を利用した給餌方法であるが、魚類の社会性を研究するための有効なツールとなる。すなわち、スイッチのある場所はよい餌場と認識され、この餌場をめぐる競合を経て集団の中で順位制(社会的ヒエラルキー)が生じるような場合、自発摂餌行動を指標としてこれを解析できる可能性がある。そこで、その生態から社会性が大きく異なると予想されるブルーギル(Lepomis macrochirus)とキンギョ(Carassius auratus)を自発摂餌により飼育し、スイッチ引き行動と餌摂取量(成長)を基にそれぞれの社会性の特徴について検討した。 2尾競合実験では、両魚種ともにスイッチ引きに関与する個体と関与しない個体が現れた。これは、自発摂餌行動に関わる学習能力には個体ごとに差があり、それが自発摂餌の繰り返しで強化されたことにより、関わりの差が著しくなったものと考えられた。また、いずれもスイッチ引きに関与する個体が多くのペレットを摂取していた。一方、キンギョでは、スイッチ引きに関与しない個体でもある程度のペレットを摂取でき成長も見られたのに対し、ブルーギルのそれはペレットをほとんど摂取できず体重も減少した。加えて、スイッチ引きに関与する優位個体が劣位個体をスイッチ周辺から追い払うような攻撃行動がみられた。したがって、ブルーギルでは自発摂餌に関わる学習の差と攻撃行動が相補的に作用することによって強い社会的順位が生じ、劣位個体が全くペレットを摂取できない状況が生じたものと考えられた。一方、キンギョでは自発摂餌に関わる学習の差が反映されているだけで、社会的順位は存在しない可能性が示唆された。3尾実験においても類似した結果が得られたが、スイッチ引きに関与する個体のペレット摂取率は若干低下した。PIT-tagで識別を行った多数個体の集団の場合も、両魚種ともに、スイッチ引きに高頻度で関与する個体とそうでない個体が観察された。概してスイッチ引きに関与する個体の成長は良かったが、2尾競合実験とは異なり、ブルーギルの場合でもスイッチ引きに関与しない個体が高い成長率を示す場合が見られた。これは個体数が増えたことにより、少数の優位個体による多数の劣位個体に対する抑圧が十分に行き渡らず、劣位個体でも横取り的にペレットを摂取できる確率が増えたためと推察された。また、キンギョでも同様にスイッチ引きに関与しない個体が高い成長率を示す場合がみられた。しかし、ブルーギルの場合とは異なり、キンギョでは個体数が増えたことによりスイッチ引きに関与する個体の自発摂餌行動により給餌されたペレットを摂取できるチャンスが、個々の個体に対して普遍的になったことが原因と考えられた。
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