【目的】精子の先体反応と運動は、受精時における卵への侵入並びに融合にとって不可欠である。これらは、様々な細胞内の情報伝達を経由して、最終的にはプロテインキナーゼとホスファターゼによる精子内タンパク質のリン酸化-脱リン酸化によって制御されていると考えられるが、哺乳類精子を含めて不明な点が多い。本研究は、何れのプロテインキナーゼ(PK)及びホスファターゼ(PP)が関与しているかを明らかにするために、鶏精子と種々の阻害剤あるいは活性剤を用いて行ったものである。 【方法】鶏の卵黄膜内層(IPVL:哺乳類の透明帯に相当)ホモジネイト液中で精子のインキュベーションを行った(40℃、30分)。その際、溶液中にカリタリンA、オカダ酸並びにタウトマイシン(PP1及びPP2A阻害剤)、デニスチン(PTK阻害剤)、SC-9(PKC活性剤)、H-7(PKC阻害剤)あるいはCaCl_2を添加した。精子の先体反応は、FITC標識のPNAで処理後、先体を蛍光顕微鏡で観察することによって判定した。また、精子の運動性の測定はビデオカメラと保存装置を取り付けた位相差顕微鏡を用い、40℃で行った。 【結果】40℃で可逆的な不動化現象を起こしている精子に2mMのCaCl_2を添加すると運動が回復し、先体反応はIPVL存在下で誘起された。100nMのタウトマイシンやカリクリンAを加えても、同様に運動回復効果が認められ、先体反応誘起率も増加した。しかし、オカダ酸単独添加の場合、先体反応は誘起されるものの、運動の回復は顕著ではなかった。一方、100μMのゲニスチンとCa^<2+>を同時に加えると、運動と先体反応は抑制された。さらに、H-7添加後にCa^<2+>を添加すると運動は回復するものの、SC-9添加区では逆に低下した。先体反応も同様に、SC-9が存在するとCa^<2+>添加による誘起効果が抑制された。以上の結果から、鶏精子の先体反応の誘起と運動発現に係わる細胞内の情報伝達機構は異なっており、前者にはPP1/PP2Aが、後者にはPP1のみによるタンパク質の脱リン酸化が関与していると推察された。また、PTK活性の低下やPKCの活性化は、精子の運動や先体反応に対して抑制的に作用すると示唆された。
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