ストレスで活性化される転写因子ATF-2のマウス個体での生理的な役割を理解するためにノックアウトマウスを作製して解析した。ATF-2ヘテロ欠損雌マウスは生後一年以上経過すると高頻度で乳癌(スキルス硬癌と扁平上皮癌が主)を発症した。発癌のメカニズムを解析すると、先ず低酸素状態でATF-2欠損細胞は野生型に比較してアポトーシスに抵抗性を示した。そこで野生型及びATF-2ホモ欠損胎児から初代培養細胞を採取しDNAチップを用いて発現している遺伝子を比較したところGadd45α遺伝子の低酸素ストレスによる発現誘導がATF-2欠損細胞では著しく低下していた。Gadd45α遺伝子は正常乳腺では発現が見られたが、調べた全ての乳癌で発現が著しく低下していた。この時ATF-2は乳癌の癌抑制因子BRCA1やOct1と複合体を形成して転写を活性化していた。Gadd45αは損傷したDNAの修復等に関与してゲノムを安定化すると共に損傷した細胞をアポトーシスに誘導することが知られている。 次にDNAチップを用いて普通に増殖している状態で発現している遺伝子を比較したところ、乳癌の癌抑制因子として知られるMaspinの発現がATF-2欠損細胞で著しく低下していた。Maspin遺伝子は正常乳腺では発現が見られたが、乳癌では発現がほとんど見られなかった。そこでATF-2欠損細胞にMaspin遺伝子を導入してヌードマウスに移植すると期待通り造腫瘍能が低下した。 以上のことからATF-2の発現レベルが減少するとMaspinの発現低下により細胞増殖が促進されると考えられる。ある程度増殖が進行しても次の段階で低酸素状態に陥ってGadd45αの発現が誘導され細胞死が引き起こされるが、ATF-2欠損細胞ではGadd45αの発現誘導が起こらないために細胞死が起こらず、逆に変異が蓄積するため更に悪性腫瘍へと変化して増殖すると考えられる。
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