昨今社会問題化している幼児あるいは児童虐待問題への一つのアプローチとして、まず虐待が行われているかどうかの診断が必要であるとの認識の基に研究を計画実行した。研究は、実際の法医学の現場で遭遇するような虐待内容の中から特に慢性の絶食ストレスについて、これを実験動物であるラットに負荷した際に生じる各種の臓器内の細胞内情報伝達経路の変化について検討した。研究期間に行われた実験では、反復絶食ストレス負荷したラットの肝臓では、ERK及びJNKと呼ばれる酵素の活性が肝臓内の各々異なった細胞において上昇することが確認された。また本研究では、血清中で虐待の有無を診断す可能性を模索するとの当初の目的から、これらの酵素の発現に関与することがすでに報告されている血清中のサイトカインの定量を行った。インターロイキン6については反復絶食ストレス負荷により増加が観察され、TNFalphaについては、減少するのが観察された。こうしたサイトカインの増減が反復絶食ストレスの際の一つのマーカーとなる可能性が明らかとなった。しかしながら、これらのサイトカインの血中での半減期は著しく短いことから、実際の解剖症例での応用は困難と思われる。実際の虐待症例の血清を用いた検討では、動物実験で観察されたサイトカインの変化は確認されなかった。それに加えて、絶食等のストレス以外にも感染症などの虐待とは全く関係のない状況によってこれらのサイトカインが増減する可能性は十分に考慮されなければならず、今回の結果をただちに実際の症例に応用することには多くの課題がある。しかし、生前の症例について血液サンプルを採取することが可能であった場合には、こうしたサイトカインの定量が虐待児童の診断の補助として役立つ可能性があると期待される。
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