本研究助成を受け、高血圧自然発症ラットの血栓性遠位部中大脳動脈閉塞モデルを用いた生体での虚血脳組織への遺伝子導入の有効性に関する研究を行ってきた。その結果、局所脳虚血が遠位部での導入遺伝子発現を増強するという遠隔効果を明らかにしている。一方、老齢動物を用いた脳虚血モデルを使用して遺伝子導入に対する加齢の影響を検討し、老齢動物では脳虚血部位への遺伝子導入が増強する現象を認めている。 今回さらに脳梗塞の新規治療法を開発する目的で、局所脳虚血モデルを用いてアデノウイルスベクターによる脳へのインターロイキン10(IL-10)遺伝子導入による脳梗塞の治療効果を検討した。大脳皮質に脳虚血を作製し、虚血90分の時点でヒトIL-10を組み込んだアデノウイルスベクターを脳室内に導入すると、標識遺伝子を導入した群と比較して、脳梗塞の容積は著明に縮小することを見いだした。また、脳梗塞組織での白血球細胞や単球・マクロファージの浸潤は、IL-10導入群では標識遺伝子導入群に比較して減少していた。脳梗塞の進展過程においてIL-1やTNFα、MCP-1などの炎症性サイトカインが組織障害に重要な役割を果たしていることが示唆されており、IL-10はこれらの炎症性サイトカイン産生を抑制し、さらにそのシグナル伝達で生じる接着因子などの活性化を阻害することで白血球細胞や単球・マクロファージの浸潤が抑制され、脳梗塞の縮小に関与したと考えられた。 これまでの脳血管障害に関する遺伝子治療の基礎研究においては、遺伝子導入によって脳虚血に対する保護効果が認められるという報告は少なくないが、脳虚血後に遺伝子導入を行い脳梗塞を縮小した成績はない。今回の我々の検討では、遺伝子導入を脳虚血負荷90分後に行っても脳梗塞の容積を縮小することが可能であったことから、脳梗塞の急性期治療としての遺伝子治療が臨床的にも有効である可能性が示唆された。現在、さらに炎症シグナルとして重要なMCP-1を標的とした遺伝子治療の可能性についても検討を進めており良好な成績が得られつつある。本研究から、炎症シグナルを標的とした遺伝子治療の有効性に関して重要な成果が得られたと考えられる。
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