心筋のエネルギー代謝異常は心不全の病態準行を助長する。ダール高血圧性心不全ラットでは、心不全発症前の代償性心肥大期に主なエネルギー基質は脂肪酸からグルコースへ移行する。しかし、この時期では既に脂肪酸のβ酸化が障害され、インスリンクランプ法によるグルコース取り込み予備能も著しく低下した。本モデルにアンジオテンシン変換酵素阻害薬エナラプリル(4mg/kg/day)を長期間投与すると、血圧の低下がないにもかかわらず心不全の進展は抑制された。エネラプリルのこの効果をエネルギー代謝の観点から検討すると、(1)エラナプリル非投与群では脂肪酸取り込みは代償性心肥大期には増加し、心不全期にはむしろ低下したが、エナラプリルによって心不全期の取り込み低下が抑制された。(2)グルコース取り込みは代償性肥大期、心不全期に著しく増加したが、エネラプリルは心不全期のグルコース取り込み量をさらに増加した。(3)代償性心肥大期においてインスリンクランプ法によるグルコース取り込み予備能低下は、ナラプリルによって改善した。以上の結果から、エネラプリルは心不全発症前の代償性心肥大期においてグルコース取り込み予備能を改善し、心不全進展の抑制に寄与したと考えられる。マイクロダイアリシス法による予備検討において、心筋間隙のノルエピネフリン量はエナラプリル投与によって有意に抑制されることから、エナラプリルが心筋細胞のAT1受容体を介してインスリンシグナル伝達を改善したと同時に、交感神経終末のAT1受容体を介するノルエピネフリン放出抑制もグルコース代謝の促進に関与したと考えられる。このようにアンジオテンシン変換酵素阻害薬の心不全進展抑制効果の一部にこの心筋代謝が関与すると考えられる。今後は心不全治療において心筋代謝からのアプローチも重要と考えられる。 また、虚血再灌流時の脂肪酸代謝に及ぼす交感神経の影響について検討した。虚血時に生じる心筋細胞への脂肪酸蓄積は心筋に悪影響を及ぼす。カルベジロールを投与すると、心筋への脂肪酸取り込みは抑制され、かつ取り込まれた脂肪酸のクリアランスも改善した。このようにβ遮断薬による交感神経抑制は虚血時の心筋脂肪酸蓄積を抑制することによっても心筋保護に働くことが示唆された。
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