本研究は血管壁細胞において活性酸素によって活性化される(レドックス感受性)転写因子を同定し、その機能を解析することを目的とする。アンジオテンシンIIは血管平滑筋細胞においてcAMP response element binding protein (CREB)とよばれる転写因子を活性化した。平滑筋細胞を過酸化水素(H_2O_2)で刺激したところ、同様にCREBが活性化された。この活性化は刺激後約15分をピークに一過性に生じた。H_2O_2によるCREBの活性化はExtracellular signal regulated protein kinaseの阻害剤およびp38 Mitogen-Activated Protein Kinase (MAPK)の阻害剤により抑制できた。また上皮成長因子受容体の阻害剤によっても抑制されたので、H_2O_2によるCREBの活性化には上皮細胞成長因子受容体のtransactivationが重要な役割を果たすことが示唆された。実際H_2O_2は上皮細胞成長因子受容体のチロシンリン酸化を誘導した。アンジオテンシンIIによるCREBの活性化が抗酸化剤であるN-acetylcysteineにより抑制されたことから、アンジオテンシンIIのシグナル伝達経路においても活性酸素が重要な役割を果たすことが考えられた。これらのデータよりCREBはレドックス感受性の転写因子であり、平滑筋細胞の遺伝子発現に重要な役割を担うことが示唆された。またCREBのdominant negative変異体をアデノウイルスベクターにより過剰発現させると、平滑筋細胞においてBcl-2の発現が低下すると共にアポトーシスが生じることがわかった。またラット頸動脈のバルーン傷害後にdominant negative CREBを感染させるとTUNEL陽性の細胞が増加し、新生内膜の形成が抑制されることを明らかにした。これらの結果より、CREBは平滑筋細胞の生存や増殖を制御する転写因子であり、血管病変治療のための新たな標的分子となりうる可能性が示唆された。
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