造血幹細胞遺伝子治療における主な問題は、現行のベクターシステムでは幹細胞への遺伝子導入効率が低いことと、遺伝子導入操作に与らない細胞で希釈されて治療効果が大きく減ずることである。そこで遺伝子導入細胞を随意的に体内増幅するため、造血因子受容体に分子スイッチを付加して細胞増殖シグナルを制御する人工的キメラ受容体遺伝子(「選択的増幅遺伝子」)を開発し、in vivoでの細胞増幅効果を検討した。ことに、遺伝的gp91欠損により顆粒球・単球が活性酸素産生能を欠くX連鎖型慢性肉芽腫症(X-CGD)は、造血幹細胞遺伝子治療のよい適応とされるが、これまでの臨床試験では明らかな治療効果が得られておらず、選択的増幅遺伝子応用の標的疾患として前臨床研究を開始した。 1.顆粒球コロニー刺激因子受容体(GcR)シグナルをタモキシフェンで制御するキメラ受容体(GcRTmR)遺伝子を構築し、緑色蛍光蛋白質(GFP)遺伝子と共に野生型マウス骨髄細胞に導入した。これを移植したレシピエントにタモキシフエンを投与したところ、1次移植さらには2次移植においてもGFP陽性細胞すなわち遺伝子導入細胞が有意に増加し、体内増幅が可能であることが示された。増幅効果は顆粒球、次いで単球において顕著だった。 2.GcRシグナルをエストロゲンで制御するキメラ分子(GcRER)を構築し、gp91遺伝子と共にX-CGDモデルマウスの骨髄細胞に導入した。これをX-CGDレシピエントに移植し、エストロゲンを投与したところ、活性酸素産生能を回復した好中球が著しく増加した。4週毎6回の反復投与を受けたえCGDマウスでは、6ヶ月以上にわたり非投与群に比して構能回復好中球の割合と絶対数が有意に高く保たれた。当初の非投与群に対しては、遺伝子治療後9ヶ月目にエストロゲンを投与したところ、活性酸素を産生する好中球が著しく増加した。薬剤刺激により、必要時に正常好中球を増やせることが示され、X-CGD遺伝子治療への応用が期待される。
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