研究概要 |
アルコールには痴呆の増悪因子としての側面があることが多数報告されているが,その分子生物学的基盤はいまだ明らかではない。これまでに我々は,死後脳を用いた検討などから,アルツハイマー病とアルコール依存症の病態に共通した分子基盤の存在を見出し報告してきた。本研究では,初めに1)神経可塑性変化に重要な役割を担っている転写因子CREBの活性に及ぼすアルコールの影響について,神経細胞障害性を軸に検討した。SH-SY5Y細胞において,アルコールは用量依存的な細胞障害性を示し,CREB活性及びCREBによって発現調節を受けるBDNFの細胞外分泌量を減弱させた。また,同細胞においてアルコールは転写因子NF-κB活性を増強させ,アルコールによる神経細胞の脆弱性にCREB-BDNF経路の減弱とNF-κB経路の活性化の関与を示唆した。次に,2)神経細胞の生存と神経幹細胞の分化誘導能におよぼすアルコールの影響について検討し,アルコールが栄養因子シグナルを変化させることにより神経細胞の生存,及び神経幹細胞の分化機能を低下させ,神経回路網の維持・修復機能を減弱させていることを明らかにした。さらに,3)ApoEのアルコールによる神経細胞障害に及ぼす影響について検討し,高濃度のApoEは神経細胞に障害的に作用するが,低濃度ではエタノールによる細胞障害を抑制する傾向を示すこと,またその抑制効果はApoEのアイソフォームによって異なっていることを示した。ApoEがどのようなメカニズムでアルコールによる神経細胞障害に関与するのかについては,今後の詳細な検討が必要である。しかしながら,以上の検討から,アルコール依存の病態とアルツハイマー病に脂質代謝変化を起点とした共通した生物学的基盤が存在し,例えばApoEの機能変動の解析研究などから新しい認知機能障害の病態研究が展開できる可能性を示唆した。
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