これまで我々は、統合失調症の神経発達障害仮説に基づくモデル動物である幼若期腹側海馬傷害ラットに対し、(1)傷害ラットでは、思春期後にあたる生後56日目(PD56)で新奇環境変化(HAB)およびmethamphetamine(MAP)腹腔内投与により移所運動量の増加がみられること、(2)N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体のantagonistであるphencyclidine(PCP)投与によっても移所運動量が増加し、その際、側坐核でのドパミン(DA)流量に増加がみられないこと、(3)NMDA受容体のglycine site agonistであるグリシンの前投与(単回腹腔内投与)によりMAP誘発性の移所運動量増加が抑制されること、等を確認し、モデルラットの異常行動発現にはDA系に加えNMDA系も関与する事を明らかにしてきた。統合失調症患者においては、グリシンの経口投与が陰性症状を改善することも報告されており、新しい治療薬開発への糸口となることが期待されている。そこで今回、glycine site agonist(グリシン・D-セリン)の直接的・持続的な影響を考察するため、モデルラットにPD42-56の14日間グリシンまたはD-セリンを脳室内に持続的に投与し、思春期後の異常行動発現に対する抑制効果を検討した。以下は結果である。(1)思春期前にあたるPD35では、HABおよびMAP投与時の移所運動量は非傷害群・傷害群間で有意差を認めなかった。(2)PD56-HABでは、非傷害-グリシン投与群と傷害-グリシン投与群間および非傷害-D-セリン投与群と傷害-D-セリン投与群間で移所運動量に有意な差は認められなかった。(3)PD56のMAP投与時でも、非傷害-グリシン投与群と傷害-グリシン投与群間および非傷害-D-セリン投与群と傷害-Dセリン投与群間で移所運動量に有意差は認められなかった。以上のことから、グリシンの持続脳室内投与が、モデルラットの異常行動発現を抑制する可能性が示唆された。今後も例数を増やし、更なる検討を行っていく予定である。
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