研究概要 |
成人T細胞白血病(ATL)はCD4^+T細胞の腫瘍性増殖を特徴とする疾患で、治療抵抗性のきわめて悪性度の高い白血病である。HTLV-IはこのATLの原因ウイルスであり、トランスフォーミング蛋白Taxをコードしている。Taxは様々な機能を持っており、ウイルス感染細胞の不死化、クローナルな増殖、ひいてはATLの腫瘍化に中心的な役割を果たしている。Taxが転写因子NF-κBの活性化を介して、サイクリンD1・D2遺伝子の転写を活性化し、T細胞のIL-2非依存性の増殖能の獲得に寄与していることを明らかにした。さらにATL細胞においてサイクリンD1・D2が高発現しており、その発現が病勢の進行と相関することを報告した(Int J Cancer 99,378-385,2002)。ATLに特徴的な病態として多臓器浸潤があるが、TaxはNF-κBの活性化を介して、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)-9遺伝子の転写を活性化することを明らかにし、ATLの多臓器浸潤の有無と血漿中のMMP-9値が相関することを報告した(Blood 99,1341-1349;Br J Haematol 116,94-102,2002)。このようにTaxによる転写因子NF-κBの活性化はATLの発症や病態形成において重要であるが、ATL細胞はTaxを発現していない。しかしながら、NF-κBは活性化しており、NF-κBこそ治療の分子標的となりうる。そこでNF-κBの阻害蛋白であるIκBのリン酸化阻害剤BAY11のATL細胞やHTLV-I感染細胞株に対する効果を検討した。BAY11は上記細胞のNF-κB活性を選択的に抑制し、アポトーシスを誘導した。アポトーシス誘導の分子機構としてサイクリンD1・D2、Bcl-x_Lの発現抑制を明らかにした(Blood 100,1828-1834,2002)。AktはPDGFやTNF-αによるNF-KB活性化に関与していることが報告されており、TaxによるNF-κB活性化機構におけるPI3Kおよびその下流のAktの関与について、NF-κBレポーターアッセイにより解析を行なった。PI3K阻害剤であるワルトマニン処理やキナーゼデッドのAkt、優性抑制変異型Akt発現プラスミドの共発現はTaxによるNF-κB活性化を阻害しなかった。このことから、PI3K-Akt経路のTaxによるNF-κB活性化機構への関与は否定された。しかしながら、Tax非依存性のNF-κB活性化機構への関与の可能性は残っており、現在解析中である。一方、興味あることにHTLV-I感染細胞株をPI3キナーゼ阻害剤であるLY294002で処理すると増殖が抑制され、アポトーシスが誘導された。PI3K-Akt経路がATLの抗アポトーシスのシグナル伝達に大きな役割を担っていることが示唆される。PI3K-Akt経路の抗アポトーシスの機序の解明とPI3キナーゼ阻害によるATL治療の可能性について研究を遂行している。
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