成人T細胞白血病(ATL)は、HTLV-Iを原因として発症する予後不良のリンパ系腫瘍である。AktはPI3Kの下流で活性化するセリン/スレオニンキナーゼであり、その活性化にはキナーゼドメイン内のスレオニン308(T308)とC末端のセリン473(S473)がリン酸化されることが必要である。Aktはターゲット蛋白のリン酸化を介して抗アポトーシス作用を発揮する。HTLV-Iの発癌機構におけるAktの関与を調べるために、感染細胞株におけるAktのリン酸化とキナーゼ活性を調べた結果、トランスフォーミング蛋白Tax発現との相関が見られた。Aktの上流に位置するPTENやPDK1のAkt活性化への関与は認められなかったが、Aktシグナルの下流にあるRelAのリン酸化やβカテニンの蓄積がAktの活性化と相関していた。なお健常人の末梢血単核球ではAktやRelAのリン酸化およびβカテニンの蓄積は認められなかった。次に、TaxがAktをリン酸化する可能性について検討した。HeLa細胞および293細胞にTax発現プラスミドとAkt発現プラスミドを導入し、TaxによるAktのリン酸化およびキナーゼ活性の誘導能を調べた。両細胞でTaxはAktのT308とS473をリン酸化し、キナーゼ活性を誘導した。さらにTaxはRelAのリン酸化も誘導した。TaxはNF-κB経路に加え、CREB経路を活性化してウイルス自身の転写を活性化する。TaxによるAktの活性化にNF-KBとCREB経路の活性化のどちらが重要であるのかを調べるため、それぞれの経路に対応したTax変異体を用いて解析した。その結果、CREB経路の活性化がAktの活性化に密接に関連していることがわかった。PI3K-Aktの細胞生存シグナルへの関与をみる目的でPI3K阻害剤LY294002のTax発現感染細胞株への影響を検討した。LY294002はAktのリン酸化を阻害したが、NF-KBやAP-1の活性には影響を与えなかった。LY294002は濃度依存性にTax発現感染細胞株の増殖を抑制した。この細胞増殖抑制はアポトーシスの誘導と細胞周期停止によるものであった。さらに、ATL患者の白血病細胞に対してもLY294002は濃度依存性に増殖を抑制した。Aktの下流にあるmTORはS6Kをリン酸化することで、mRNAの翻訳を正に調節し、細胞増殖をもたらす。HTLV-I感染細胞株ではPDK1がS6Kをリン酸化している可能性が示唆され、mTOR阻害薬ラパマイシンは感染細胞株およびATL細胞の増殖を抑制した。以上の結果、TaxはAktをリン酸化することで、HTLV-I感染細胞の生存を維持しており、Aktを介したシグナル伝達系はATL治療の際の良い標的となり得ることが明らかとなった。
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