本研究の目的は、近赤外分光法を用いた体外循環後脳障害における新たな脳保護療法を検討することである。そこで、低体温下完全循環停止前・後の脳血流、酸素需給バランス、近赤外分光法による脳内酸素化状態を詳細に検討し、体外循環中の脳保護療法としての体温設定の意義と近赤外分光法を用いた脳モニタリング法の有用性を検討した。全身麻酔下のイヌに体外循環を導入し、15℃と25℃の2群に分け超低体温下完全循環停止を60分間行った。循環停止前後の脳血流量および脳内酸素化状態の変化は、ドップラー血流計、内頚静脈血酸素飽和度、近赤外分光法によって測定した。また、脳障害の指標としてグリア細胞由来のs-100β蛋白値の変化も求めた。今回の研究において、完全循環停止後の脳血流量や内頚静脈血酸素飽和度に関しては、15℃群と25℃群では有意な違いは認めなかった。また、s-100β蛋白値に関しても、2群間に有意差は認めなかった。一方、近赤外分光法による脳内チトクロームオキシダーゼ(cyt.ox.)の還元状態を評価すると、15℃群では完全循環停止により軽度還元され、手術終了時にはコントロール値まで回復が認められた。25℃群では循環停止により脳内cyt.ox.は大きく還元され、血流再開により一過性に改善したが、手術終了時には還元状態はさらに悪化した。予後を検討したところ、15℃群では術後脳障害は認められず全例回復したが、25℃群では術後に痙攣や麻痺などが出現し、48時間以内に全例死亡した。今回の検討より、60分間の完全脳虚血に対して、15℃の超低体温療法を施行することで脳障害を回避できることが示唆され、脳保護療法に体温管理が極めて重要であることが示された。さらに、体温管理を適切に行うには、脳内酸素化状態をリアルタイムに検出できる、近赤外分光法によるcyt.ox.の酸化状態モニタリングが有用と思われた。
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