研究概要 |
卵巣において、排卵を挟んで卵胞は黄体へと大きく変化する。この際、顆粒膜細胞が黄体細胞へと分化するが、これには血管新生が大きく関与している。この時の血管新生の勢いから、黄体は体組織の中でも最も盛んな組織と言われている。したがって、この血管新生は黄体形成の面からは生理的にも必須のものであるが、この血管の変化が通常の調節機構から逸脱したとき卵巣過剰刺激症候群がおきると考えられる。 この血管新生に直接関与するのがvascular endothelial growth factor(VEGF)である。このVEGFにはレセプターとしてVEGFR-1とVEGFR-2が知られている。これらはVEGFの結合により血管新生のほか、血管透過性の亢進に働くことも知られている。つまり卵巣過剰刺激症候群の病態として卵巣のVEGFの過剰発現が卵巣腫大、腹水貯留等の一連の臨床症状を示す原因になっている事が推察されている。 そこで、今回我々は、幼若雌ラットに過剰のゴナドトロピン(PMSG-hCG)を投与し、ラットに卵巣過剰刺激症候群を発症させ、コントロールラットの比較で、正常黄体新生か卵巣過剰刺激症候群発症かを決定付ける因子の検討をした。 卵巣過剰刺激症候群ラットでは、卵巣の腫大、estradiol、progesteroneの極端な高値が認められ、エバンスブルーを用いた実験で、卵巣血管の透過性の亢進も確認できた。 卵巣での、VEGF、VEGFR-1、VFGFR-2の発現を確認したところ、mRNAレベルでもタンパクレベルでもいずれも強発現しており、これらと卵巣過剰刺激症候群の発症への強い関与が示唆された。また、血管内皮のtight junctionのclaudin-1,2,3,4,5,7,JAM, occludin, ZO-1の発現を検討した。 卵巣過剰刺激症候群では、occludinとclaudin-5の発現が有意に減少していた事から、この2つの分子の変化が正常黄体新生から卵巣過剰刺激症候群発症へ変化する決定的な因子であることが推察された。 また、gonadotoropin releasing hormone agonist(GnRHa)をPMSGとともに投与開始し、hCG投与後も継続する事によって、VEGF-VEGFR系発現の抑制、卵巣腫大の抑制、性ステロイド産生抑制、血管透過性の抑制、さらにoccludinとclaudin-5の発現が維持された。 これは、臨床上GnRHaの投与方法によっては卵巣過剰刺激症候群の発症予防薬としての可能性を示唆する結果となった。以上のように正常黄体新生と卵巣過剰刺激症候群発症には、VEGF-VEGFR系の強発現、それに伴うoccludinとclaudin-5の発現の減少が最も重要な因子として関与している事が示唆された。
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