研究概要 |
ヒト内リンパ嚢は,内耳の発生の観点から見ると蝸牛や半規管発生よりも非常に早期に出現する部位である.また内リンパ嚢は,内耳の一部でありながら他の内耳と異なる様々な点を下記のように挙げることができる。 (1)他の内耳が骨迷路に固く囲まれているのに内リンパ嚢は後頭蓋窩に突出した器官である。 (2)内耳血管は無窓性であるが内リンパ嚢の血管は有窓性である(Lundquist 1976), (3)他の内耳では観察されない免疫担当細胞が内リンパ嚢では観察される(Rask-Andersen 1980). (4)他の内耳は胎生期20週頃にほぼ完成するが,内リンパ嚢は生後3才頃まで発育する(Sando 1982), これらの特徴を考えると内リンパ嚢は内耳の中でも外界の刺激,例えばウイルス感染等を受けやすい器官であることが推測される。さらに我々の報告してきた臨床所見として以下の所見も認めらる。 (a)メニエール病内リンパ嚢は光顕・電顕的観察で線維化が強い(Yazawa Y, 1981) (b)メニエール病内リンパ嚢周囲の骨組織の発育障害がCT上で観察される.(Yazawa Y, 1994) (c)メニエール病内リンパ嚢の発育障害が手術所見として認められる(Yazawa Y, 1998) これらの背景を考察すると,内リンパ嚢はその成長期である3歳以前の幼児期に何らかのウイルス感染などによるマイルドな炎症を起こし,光顕・電顕所見,手術所見やCT所見で観察されるような内リンパ嚢の発育障害や内リンパ嚢周辺の骨組織の発育障害を来すと考えられる。機能的には,これらの結果として内リンパ嚢の潜在的機能障害,すなわちマイルドな内リンパ液吸収障害の傾向を来たし,メニエール病発症の基盤をこの時期に形成してしまっている可能性が考えられる。多くの研究者はこれら所見の内の(C)のようなCT所見は,先天性であり,また時には遺伝性であると唱えているが,このプロセスは後天性のものであると言うのが私の独自の考えである。それを証明するためには,ヒトメニエール病内リンパ嚢での炎症所見の痕跡を検索する必要がある.現在までにヒトメニエール病内リンパ嚢標本10例とヒト剖検例内リンパ嚢7例についてウイルス検索をPCRとIn situ hybridizationで行い,帯状疱疹ウイルスとE-Bウイルスにおいて陽性所見を認め,統計的にはメニエール病内リンパ嚢で有意(P<0.05)に帯状疱疹ウイルスが陽性であること,およびE-Bウイルスでは傾向を示すことが判明した。
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