嗅上皮は常に増殖しターンオーバーを繰り返している。そのため、つねにアポトーシスをおこしていることも知られている。一方嗅覚障害の予後は加齢とともに悪化していくことが知られている。そこでまず加齢とともに嗅上皮のアポトーシスがどのように変化していくかをマウスを用いて調べた。すると老化マウスでは成熟マウスと比較してタネル陽性細胞が嗅上皮基底層を中心に強く発現していることが認められ、老化マウスの嗅上皮においてはアポトーシスが増加している可能性が考えられた。加齢による嗅上皮のアポトーシスの増加が、加齢による嗅覚障害の予後の悪化の一因になっていると思われた。一方嗅覚障害に対するステロイド投与は確立された治療方法であり、その治療成績も良いことは知られている。しかし嗅上皮におけるステロイドの影響を組織学的に調べた報告は少ない。我々はマウス嗅上皮のタネル陽性細胞について、ステロイド投与群と非投与群とを比較検討したところ、ステロイド投与マウスの嗅上皮においてタネル陽性細胞の増加がみられた。このことより、ステロイド投与で嗅上皮においてアポトーシスが増加している可能性がある。実験では日常治療に使用されるステロイド量をはるかに上回る大量ステロイドを使用したので、臨床的にこのようなことが起こることはまずないと考えられるが、大量のステロイド投与には注意が必要である。嗅上皮に傷害を与えたときはアポトーシスが増加する。逆にアポトーシスを抑制、コントロールできれば、嗅上皮の傷害の治療、すなわち嗅覚障害の治療方法に発展させられる可能性がある。今回、アポトーシス抑制薬の一つであるカスパーゼ3抑制薬(DEVD-FMK)の投与によって、嗅上皮障害によって引き起こされるアポトーシスが著明に抑制されたことが判明した。このことは、カスパーゼ3抑制薬が嗅覚障害の治療薬の一つになる可能性があることを示している。アポトーシスが増加していると考えられる高齢者の嗅覚障害においても、効果が期待できると思われる。
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