哺乳類におけるエナメル質の表現型とアメロジェニン遺伝子の関連を探究することと、本遺伝子を用いて哺乳類の系統発生学的解析を行うこと、この二点を目的として、数種類の哺乳類(アジアゾウ、ナマケモノ、ジュゴン、オオアリクイ、カバ、マウス、ブタ、ウシ)を解析し、これまで継続して行ってきた鯨類の遺伝子との比較検索を行った。解析した部位は、アメロジェニン蛋白の70数%をコードしている本遺伝子の主要部位であるExon 6と、これの上流部位のIntron 5である。 結果として、ほとんどの種類ではExon 6が140個前後のアミノ酸残基からなり、互いに90%の高い相同性を示した。しかし、鯨類だけはこれまで解析した種類のなかで唯一、121アミノ酸残基という短いExon 6を有することがわかった。このことは、鯨類のエナメル質が全体的に発達が悪く退化的なことと関連しているものと思われる。また、今回の観察所見の中で特徴的なのは、過去において鯨類の一部の種類(イシイルカ、スナメリ、アカボウクジラ)で見られたような、Exon 6の中央部における停止コドンの存在がアジアゾウとナマケモノにおいても認められたことである。これらの種類も一部の鯨類同様にエナメル質の発達が極めて悪いことから考えると、アメロジェニン遺伝子の分子進化は直接的にエナメル質の表現型に影響を与えていることが示唆された。 なお、Intron 5を用いての近隣接合法(NJ法)による系統樹解析では、これまで系統的位置が不明とされてきた鯨類が偶蹄類とおなじCladeを形成することが明らかになり、中でもカバと近縁であることが解明された。基本的に、霊長類(ヒト)、偶蹄類、ネズミ類(マウス)および鯨類は比較的近縁であり、長鼻類(ゾウ)と貧歯類(ナマケモノ)はそれらのグループとは遺伝的距離が遠いことが明らかになった。
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