転写調節因子NF-κBの活性化の際に、活性酸素がセカンドメッセンジャーとして働いているという仮説が広く提唱されてきたが、その主たる根拠は、アンチオキシダント活性を有するとされるN-acetyl-L-cysteine(NAC)とpyrrolidine dithiocarbamate(PDTC)という2つの化合物が多くの細胞種でのNF-κB活性化を抑制するという知見に基づいていた。本研究では、強力なフェノール性連鎖停止剤であるepigallocatechin gallate(EGCG)や水溶性ビタミンE誘導体のTroloxには、NF-κB活性化阻害作用が認められないことを見いだした。つまり、すべてのアンチオキシダントにNF-κB活性化阻害作用があるわけではないことがわかった。さらに、NACはホルボールエステル(TPA)やインターロイキン1(IL-1)によるNF-κB活性化は阻害せず、腫瘍壊死因子(TNF)受容体の親和性を低下させることにより、TNFの情報伝達を選択的に阻害することがわかった。一方、PDTCはNACとは異なり、TNF、PA、IL-1によるNF-κB活性化をいずれも阻害するが、その作用はユビキチンリガーゼを直接標的としたものであることをリコンビナントのユビキチンリガーゼを用いたin vitroユビキチン修飾活性測定系で実証した。すなわち、NAC、PDTCいずれもアンチオキシダントとして細胞内に発生した活性酸素を消去することにより、NF-κB活性化を抑制しているわけではないことが明らかになった。さらに、テトラサイクリン誘導発現システムを利用して、細胞内にdominant negative型、constitutively active型のRacを誘導発現させることにより、NADPH oxidase活性を変動させて細胞内の活性酸素レベルをコントロールしたところ、産生された活性酸素はNF-κB活性化を導かず、むしろ、NF-κBの活性化に抑制的に働いている可能性が示された。以上の結果より、活性酸素は、NF-κBの活性化に必須なセカンドメッセンジャーとして働いているわけではないことが明らかとなった。生体防御に必須の役割を果たすと同時に、動脈硬化や炎症などさまざまな病態の進行と関わりの深いNF-κBを標的とした薬剤の開発は盛んに行われているが、本研究成果は、アンチオキシダント作用を有する化合物を安易にNF-κB阻害薬の候補として探索することに対する警鐘と位置づけられる。
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