臨床におけるがん性疼痛治療において、モルヒネの反復投与による耐性・依存が形成されにくいとの報告がある。我々は慢性疼痛モデル動物を作成し、上記の現象を再現することに成功し、痛み刺激によるκオピオイド受容体(κ受容体)機構の活性化や、protein kinase C (PKC)などによる受容体リン酸化の減少が耐性形成抑制を誘導する可能性を示唆してきた。さらに、昨年度の報告においては、慢性疼痛下におけるmorphineの鎮痛効果に対する耐性形成抑制は、痛み刺激によるκ受容体機構の活性化が起こることによってcPKC活性が減弱し、μ受容体リン酸化の減少、すなわちmorphine耐性形成の抑制を導く可能性を示唆した。 近年、細胞接着分子の一つであるNeural Cell Adhesion Molecules (NCAM)が、モルヒネμ受容体刺激によるPKCのリン酸化シグナル伝達機構の一部を共有し、さらに細胞レベルではNCAMの発現量低下とμオピオイド受容体の発現量低下が相関していることが報告されていることから、本年度は、新たな分子種としてNCAMに焦点を当てて検討した。NCAMに対するAS-ODNの処置によって、モルヒネの耐性形成は抑制された。さらに、モルヒネ耐性形成マウスの脳中脳部位におけるcPKCタンパク質の発現上昇もAS-ODNの処置によって薬物未処置の対照群レベルに回復した。さらに、モルヒネの耐性形成時には、NCAMタンパク質発現がモルヒネ投与後数時間で消失することが明らかになった。一方、慢性疼痛下のモルヒネ耐性不形成時には、NCAMタンパク質発現に変動はみられなかった。 以上、慢性疼痛下におけるmorphineの鎮痛効果に対する耐性形成抑制には、NCAMの消失そのものに起因するのではなく、モルヒネ投与後にNCAMの急激な変動が起こらないことが、cPKC活性の上昇を抑制する機序において重要な役割を果たしている可能性が示唆された。
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