基礎的検討から、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)と一緒に培養された腸上皮は生存率が低下し、形態的にも細胞容積が減少するなどの異常をきたすことが明らかになった。ただしMRSAの培養液の上清のみでは腸上皮細胞への影響は少ない。実際にマウスにMRSAを経口的に投与したところ、便は軟便となったが、下痢症状は示すことなく、10週以上もMRSAを腸管に保菌し続けることが可能であった。抗菌薬を投与後、腸内の好気性グラム陰性桿菌は著明に減少し、その状態ではMRSAは比較的容易に腸管に定着することも明らかになった。MRSA腸炎の発生には抗菌薬の使用やMRSAの腸管の定着以外の要因が関与していると考えられる。 臨床的検討において、これまでMRSA腸炎と診断された国内外の報告を検討した結果では、MRSA腸炎のクライテリアを満たすものは172例中わずか17例と少なく、症状と便の培養所見から比較的安易にMRSA腸炎の診断がされていることがわかる。しかし明らかにMRSAによる腸炎が疑われる症例もあり、これらは発熱、水溶性下痢を示すことが多い。多くが抗菌薬の使用後に発症しているが、使用された抗菌薬に一定の傾向は認められなかった。この結果を受けて、検査室に提出された患者の便検体を無作為に抽出して培養同定した結果、患者の便検体からのMRSAの検出率は約15%であった。MRSAが検出される便は下痢である率が高いが、有形便からも13%程度MRSAが検出され、ヒトにおいてもMRSAは下痢症状を起こさずに腸に定着することが可能であることが明らかになった。 以上より、下痢症状と便からのMRSAの検出のみでは、MRSAの腸管保菌者における他の要因による下痢をMRSA腸炎と診断する可能性があり不適切である。MRSA腸炎の診断にはさらなる検査方法の開発が必要であると考えられる。
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