本研究では陸上競技長距離走種目およびそれ以外の競技種目を専門とする選手109名を対象に、ミトコンドリアDNAのATP8/6遺伝子領域における塩基配列を決定し、持久性能力に優れた者に特有な遺伝子多型を検索した。タンパク構造に影響を持つアミノ酸の変化を伴う置換(非同義置換)は19カ所にあった。これらの非同義置換の中で、特徴的なSNPsとしてMt8414C→T、Mt8563A→G、Mt8701A→G、Mt8794C→Tの4カ所のSNPsが7.5〜54.1%の出現頻度で確認された。このなかで、Mt8794C→TのSNPは、持久性競技成績の優れた群の出現蓼度が他の群と比べて有意に高かった。このMt8794C→Tによって、ATP合成酵素サブユニット6におけるアミノ酸配列の90番目がヒスチジンからチロシンに置き擁わる。この部位のアミノ酸配列を他の種の配列で比較すると、哺乳類においてヒスチジン残基が良く保存されており、このSNPが哺乳類にとって何らかの変化をもたらす可能性があることが推測できる。本研究では疫学的研究の範疇であるので機能的相違は不明である。しかし、このアミノ酸が哺乳類の各種で良く保存されていることやGrantham値が他のSNPsに比べ大きいことなどから、このMt8794C→TというSNPがATP合成能における遺伝的差違、あるいはトレーナビリティの個人差の要因である可能性が考えられた。また、長距離走競技者だけに着目するならばMt8563A→GのSNPを持っていることは有利に働く可能性も考えられた。
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