伝承料理"あらい"の特徴は、きわめていきのよい魚介類を用いることである。しかし、このような調理の特殊性が、"あらい"の利用範囲を限定している。本研究では、鮮度の異なる魚肉から"あらい"を調製し、調製条件が魚肉の収縮に及ぼす影響を検討した。 活スズキの背側普通筋を試料として用いた。試料は5℃で1日間貯蔵し、経時的にサンプリングし、"あらい"を調製した。"あらい"調製条件は、次の4つである。(1)脱イオン水中で3分間撹拌。(2)1mM塩化カルシウム水溶液中で3分間撹拌。(3)10mM塩化カルシウム水溶液中で3分間撹拌。(4)100mM塩化カルシウム水溶液中で3分間撹拌。調製した"あらい"の物性は、明度、硬直度、レオナーによる破断試験により評価した。また、各種"あらい"からエキスを調製し、筋肉中のアデノシン三リン酸と乳酸を測定した。 即殺直後および6時間貯蔵した筋肉からは、いずれの条件でも"あらい"が調製できた。しかし、筋肉の収縮程度は、調製条件により異なった。すなわち、10mMあるいは100mM塩化カルシウム水溶液で処理した"あらい"は、筋肉の硬直度や破断荷重の値が大きく、筋収縮が著しかった。また、これら筋肉中のアデノシン三リン酸量は無処理に比べて著しく少なく、乳酸量は多かった。"あらい"処理用の水に10mM以上のカルシウムが存在すると、筋肉内の解糖が促進され、解糖から補給されたアデノシン三リン酸により筋収縮が引き起こされることが分かった。カルシウムを添加した水で"あらい"を調製すると、即殺してから24時間貯蔵した魚肉においても、解糖系からの収縮エネルギーであるアデノシン三リン酸が補給され、筋肉が収縮することが認められた。つまり、"あらい"処理用の水にカルシウムが存在すれば、きわめていきのよい魚を用いなくても、"あらい"を調製することが可能であることが明らかとなった。
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