本研究では、アミロイド前駆体蛋白質、転写因子E2F1、ネクジンなど神経発生や変性に関与する遺伝子を神経細胞に導入し、その機能を解析してきた。 本年度は新たな遺伝子導入ベクターとして哺乳動物プロモーターを組み込んだバキュロウイルスを改変して用いる試みを、昨年度に引き続き、さらに進めた。本ベクターは、昆虫細胞で活性の強いポリヘドリンプロモーターの下流に哺乳動物細胞の膜蛋白質等を発現でき、そのことでバキュウロウイルスのコート蛋白質の性質を自由に改変可能と考えられる。改変されたコート蛋白質によって感染する相手の細胞に対する選択性を著しく変えることが期待される。このことは神経細胞をターゲットとした特異的遺伝子導入を可能にすることが考えられ、実験モデルとして手始めに白血病細胞特異的に導入されるベクターの開発を行った。 また、ベクター開発と平行して神経特異的に発現する蛋白質ネクジンの遺伝子ノックアウトマウスの作製を行い、機能解析を行った。その結果、ネクジン欠失個体は致死的な表現形を示さなかったが本来ネクジンを多量に発現している背根神経節で異常が観察された。ネクジンノックアウトマウスではNGF刺激によるTrkAを介したリン酸化能が著しく低下していること、すなわちTrkAチロシンキナーゼとp75神経栄養因子(NGF)受容体両方と相互作用し、それらの生理機能発現に関与していることを見いだし、マウス個体の神経においてもネクジンがNGFによるシグナル伝達に関与していることが示された。さらに感覚神経節においてアポトーシスが昂進しており、サブスタンスP型の神経が減少していることを見出した。これはNGFによるシグナル伝達に異常をきたした結果であると考えられた。さらにネクジン欠失マウスは、痛覚が鈍磨しており、末梢神経系のノシセプターにも異常が見られた。最後の所見は神経の遺伝疾患のひとつプラダーウィリー症候群の症状の一部と合致しており、ネクジンが原因遺伝子のひとつであることを強く示唆した。研究代表者は本研究の中でノックアウトマウス作製全てを行った。
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