【目的】Cl^--ATPaseは神経細胞内Cl^-濃度を低く保ち、GABAなどによる抑制性神経伝達を可能にしている。我々はアルツハイマー病脳でCl^--ATPase活性が低下していること、低濃度アミロイドβ蛋白(Aβ)がCl^--ATPase活性を抑制し、神経細胞内Cl濃度を上昇させることを見いだした。本研究では、胎生19日齢Wistarラット海馬培養神経細胞を用い、Aβ(25-35)によるCl^--ATPase活性低下、細胞内Cl^-濃度上昇、グルタミン酸神経毒性の増強に及ぼすイノシトール(PI)、イノシトール4リン酸(PI4P)の効果を検討した。 【方法】Cl^--ATPase活性は、神経細胞ミクロゾーム画分における0.3mMエタクリン酸感受性ATPase活性を吸光法で、細胞内Cl濃度はCl感受性蛍光色素MQAEで、グルタミン酸神経毒性はDNA fragmentation、WSTおよびLDHアッセイでそれぞれ測定した。 【結果】10nM Aβ2日間処置によりCl^--ATPase活性は47%に減少したが、Na/K-ATpase活性、anion-insensitive Mg^<2+>-ATPase活性には影響しなかった。PI(50-750nM)、PI4P(50-150nM)は容量依存的にCl^--ATPase活性を回復した。Aβによりコントロールの3倍に上昇した神経細胞内Cl^-濃度は、75nMのPIおよびPI4Pで正常レベルに回復した。10nM Aβ処置神経細胞を10μMグルタミン酸に10分間暴露したところDNA fragmentationの増加、細胞生存率の減少(神経細胞のWST還元活性低下、培養液中のLDH上昇)が認められ、75nMのPI、PI4Pはこれら神経細胞毒性を軽減した。 【考察】グルタミン酸による神経細胞興奮毒性はアルツハイマー病の病態に深く関与している。今回、Aβ、グルタミン酸による神経細胞障害がPI、PI4P投与によるCl^--ATPase活性の回復と平行して、軽減されることが示された。以上より、アルツハイマー病における神経細胞変性の原因のひとつに、AβによるCl^--ATPase活性低下に伴う細胞内CI濃度上昇が関与していること、また、アルツハイマー病神経細胞変性の治療薬として、イノシトールの適用の可能性が示唆された。
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