中枢神経系の高次機能を担う神経細胞の生存・分化および機能発現にグリア細胞が多様かつ重要な支持・調節作用を持つことが次第に明らかになってきている。本研究代表者は、これまでにアストロサイト由来の強力な神経栄養因子としてアミノ酸L-セリンを同定し、その作用を支配する分子機構が細胞内L-セリン合成系「リン酸化経路」の第1段階酵素である3-Phosphoglycerate dehydrogenase(Phgdh)のアストロサイト特異的転写活性化と神経細胞における発現抑制にあることを明らかにしてきた。 本研究では、このようなグリア細胞系譜特異的なL-セリン合成の脳形成における生理的意義を検証することを目的に、Phgdhノックアウトマウスを作成した。Phgdh遺伝子の第4および5エクソンを除去することにより、全組織でリン酸化経路によるL-セリン合成が遮断された個体を得ることに成功した。ノックアウト胚は全体的な成長遅滞と重度の脳形態形成不全を起こし、胎生13.5日で致死となった。他の組織に比べて脳の発達異常は顕著であり、大脳皮質低形成による小頭症に加えて、嗅球、大脳基底核原基、および小脳などの特定領域の欠損が起こっていた。これらの結果はグリア細胞系譜特異的なPhgdhに依存した内在性L-セリン合成がマウス胚発生に必須のアミノ酸合成酵素系であり、特に脳の形態形成に不可欠であることを明瞭に示している。今後、本研究で作製したPhgdh完全欠損マウスに加え、脳またはグリア細胞特異的なPhgdhノックアウトを作製・解析し、L-セリン合成欠損による脳形成不全のより詳細な分子機構の解明が期待される。
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