ニオイ分子のニオイ識別信号とは何かを解明することを目的として、ニオイ分子の反応部位と反応強度を量子化学的に計算し、その反応強度と調香師のニオイ識別判定との相関関係を統計学的に解析した。Winter(1961)が報告したラズベリー香気8分子と無香気19分子を含むラズベリーケトン27分子について解析した。これらの27分子の反応強度を示す電子供与性電子密度Electrophilic Frontier Density (EFD、福井謙一ら、1954)をComputer Aided Chemistry Program (Oxford)を用いて計算した。その結果、最も高いEFD値はベンゼン環の特定の2つの炭素原子(両者の結合距離は1.390±0.012Å)に認められた。この2つの炭素原子のEFD値は、調香師が判定した全てのラズベリー香気分子と無香気分子を誤差判別率0.00%で判別した。また、これらのEFD値は、ラズベリー香気が強い、弱い、ないという判定結果と重回帰係数0.994(p<0.01)で線形相関することが分かった。さらに、ラズベリーケトンのベンゼン環の2炭素原子の結合距離は、我々が先に報告したムスク香気関連203分子の2炭素原子の結合距離と有意に等しかった(p<0.01)。そこで、ラズベリーケトン27分子とムスク関連203分子を用いて、全ての分子に共通するEFD値が、調香師が判定したラズベリー香気分子、ラズベリーとムスク無香気分子、ムスク香気分子の3群を判別するのかを正準判別分析法で解析した。その結果、2炭素原子のEFD値は、全てのラズベリー香気分子、無香気83分子中の79分子、ムスク香気139分子中の122分子を判別することを証明した。また、異種構造で同一のニオイをもつビターアーモンドやカカオ香気分子をも解析した。さらに、ニオイ識別を可能にする神経回路をも解析した。
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