哺乳類大脳皮質一次視覚野の片眼遮蔽による可塑的変化は発達脳の可塑性のモデルとして数多くの研究がなされているが、これまで視床から視覚野への入力線維の可塑性が主に注目されてきた。この入力は視覚野第IV層に投射して眼優位コラムを形成し、片眼視覚遮断により、このコラム構造や視覚野ニューロンの光反応性は顕著な可塑的変化を示す。しかし最近、光反応性の可塑性は視覚情報が入力する第IV層よりも、それ以外の層でより早く進行することが報告されている。このことは、可塑性発現の初期段階には、視床からの入力でなく、皮質内神経結合が重要な役割を果たしている可能性を示す。そこで、可塑性の初期過程において、皮質神経回路網が形態的変化を示すかどうかを明らかにするため、可塑的変化がとりわけ早く観察される第III層で、その主たる入力である第IV層からの神経投射がその密度や分布を変化させるかどうかを検討した。さらに、軸索の伸長や退縮に関わるとされる神経栄養因子が、片眼遮蔽によりどのように変化するかも検討した。 光学計測法により眼優位コラムを確認し、両眼コラムの境界領域の第III層に逆行性トレーサを注入することで、その部位に投射する第IV層ニューロンの分布を調べた。その後、片眼視覚遮断を行い、さらに1回目のトレーサ注入と同じ部位に異なった逆行性トレーサを注入した。2種類のトレーサにより標識されたIV層ニューロンの分布を比較し、その分布を眼優位コラムのパターンと重ね合わせることで、それぞれの眼からの情報を運ぶ投射がどのように変化したかを調べた。その結果、一部の皮質領域において、片眼遮蔽後に遮蔽眼コラム内で標識されるニューロンの割合が減少していた。このことは、片眼遮蔽により、遮蔽眼の情報を担う皮質内神経結合が退行することを示唆する。 また、このような変化が生じるタイミングで、コラム構造に影響を与えるとされる神経栄養因子が視覚野内で示す変化を調べたところ、脳由来神経栄養因子の蛋白質量が顕著に減少することが明らかとなった。このことは、この脳由来神経栄養因子が神経活動依存的に変化し、続いて起こる軸索の形態変化に関わる可能性を示している。
|