キツネノボタンは自家受精し、染色体多型現象が見られ、各染色体型は不完全な生殖的隔離を示す.この特徴が染色体型間の遺伝子交流と集団間の遺伝的多様性にどのように影響するのかを解析した.染色体型のうち松山型と小樽型の混生集団(MIX集団)で、個体の空間分布図、各個体の染色体型、酵素多型を調べた.Mdh-3遺伝子座の解析結果から両型はまれにF_1雑種を形成するが遺伝子交流は起こっていなかった.この集団に隣接し松山型、または小樽型個体のみからなる集団(それぞれMAT集団、OTA集団)と比較したところ、MAT集団とMIX集団の松山型個体群(SUM亜集団)と、OTA集団とMIX集団の小樽型個体群(SUO亜集団)との間では遺伝子交流があるが、MAT集団とSUO亜集団との間、そしてOTA集団とSUM亜集団との間にはほとんど遺伝子交流がなかった.MIX集団の個体間の遺伝距離をもとに個体の系統樹を作ると、松山型個体と小樽型個体はそれぞれ別のクレードを形成し、両型の雑種はその中間的な位置にあった.これらの結果から、染色体型間での遺伝子交流はほとんどないと結論付けた.日本にある全ての染色体型は西日本に分布する.西日本の95集団において染色体型を決定し、遺伝的変異を調べた.全ての遺伝的変異の58%は集団間変異に偏在していた.また、F値が有意に大きく、集団の異型接合体頻度が非常に低かった.また各集団間の地理的距離と遺伝距離とは全く相関しなかった.各集団間の遺伝距離(D)は平均0.129と大きく、集団間の遺伝的分化が大きかった.これらの結果は本種が主に自家受精を行っている効果が現れたものと考えられる.染色体型間の遺伝距離は非常に小さかった(D=0.008).これは各染色体型が出現してから、各型内で遺伝的変異が蓄積され、特有の遺伝的組成を形成するのに十分な時間が経過していないためと考えられる.
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