研究概要 |
本研究では小型鯨類に広く寄生し著しい多様性を示す線虫類(線形動物門),中でもネズミイルカ科を中心に寄生が見られるシューダリウス科線虫に着目し,宿主の種分化を勘案しつつ,これら寄生線虫の多様化の要因,多様性の由来を解明することにした.日本近海にはイシイルカ,スナメリ,そしてネズミイルカの3種のネズミイルカ科鯨類が生息しておりイシイルカ、スナメリにはそれぞれ異なる5種、ネズミイルカにおいても複数種のシューダリウス科線虫が知られている。これらシューダリウス科線虫の分子系統解析を通して,これらの種分化過程を共進化、宿主転換、同一宿種内での種分化という3つのカテゴリーのもとに検証した. 本研究で分子系統に用いた標的遺伝子は,ミトコンドリアDNA(mDNA)上に存在するシトクロームc酸化酵素サブユニットI(COI)で,そのうちの約1.2kbpからなる部分配列で,解析を行った線虫類はイシイルカ由来のもの2属5種,スナメリ由来のもの2属2種,ネズミイルカ由来のもの1属1種であった.近隣結合法による系統解析の結果,シューダリウス科線虫は2つの大きなクレードに別れ,一つにはイシイルカ由来の1)Pharurus dalli, Stenurus truei, S.yamagutiiおよびスナメリ由来のPseudostenurus sunameriがクラスターを形成し,もう一方はネズミイルカ由来のS.minorと,意外なことにイシイルカ及びスナメリ由来のHalocercus属線虫3種が一つのクラスターを形成した.従来の分類ではStenurus, Parurus, Psedostenurus等の属はステヌルス亜科を形成し専ら頭蓋洞や鼻腔に寄生し,一方Halocercus属はハロセルカス亜科をつくり肺の気管支寄生であることから,今回の結果は予想に反するものであった.またスナメリ由来のP.sunameriはイシイルカ由来のS.trueiときわめて近縁であった. 今回得られた結果に基づく限りにおいて,以下のことが示唆された.シューダリウス科を2分するクラスターはネズミイルカが他のネズミイルカ科鯨類から分化した際に共進化により形成された;Halocercus属の祖先はネズミイルカのS.minorのような頭蓋洞寄生のものが気管支寄生することにより生じ,それらが他の鯨類へ宿主転換した;イシイルカの頭蓋洞に寄生する3種は何らかの生殖隔離により同所的に種分化した;そのうちS.trueiがスナメリに宿主転換してP.sunameriを生じた.
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