本年度は別途の研修でイタリアに赴いた際、再度技法の実地検証と写真撮影をおこなった。燭台の修復後刊行された書籍では、背後が白抜き印刷のため、作品の複雑な立体構成の手法の特性が曖昧になり、立体感が完全に失われてしまっているので、新たな撮影は、帰国後の研究にも不可欠であった。 蛇のように細くて長い首と丸い体と翼をもった怪獣、蛇、体が引き伸ばされた両生類らしき動物や蔓が唐草様に絡み合った中に、小人物が複雑かつ立体的に挿入されて物語場面が構成されている。それら人物に見られる解剖学的に正確な裸体、衣装で覆われた肉体や繊細な指の表現、頭の優雅な傾げ方と捻りのポーズ、鎧、盾、剣、衣裳の多様性は、1200年代頃の他の現存作品にはない本作品の個性的な特徴である。 燭台の四本脚は、竜の頭部と脚、その竜を襲う獅子、子供、フードを背負った猿、グリフォンのペアーで構成されているが、猿だけは中性の動物誌では悪の象徴でしかない。≪原罪≫で蛇を愛撫するエバが≪楽園追放≫では蛇を鞭打っているといった特殊な図像の典拠もまだ明らかにされておらず、自由七学芸から、弁証、修辞学、幾何学、音楽が選択された理由も不明である。 古代、中世、ゴシック期の美術に関する深い理解、考古学や解剖学の知識と三次元的な空間構成に関心を示す、卓抜した芸術家の豊かな発想に基づく本作品の所在は16世紀半ばを遡ると一切不明であり、どの地域にも本燭台に類似した作品は伝承されてはいない。したがって、ルネサンス期特有の、古い時代の作品を模した、有能な作者と工房の衒学的逸品と見なすことが可能であろう。 本燭台をミラノ大聖堂に寄贈したトリヴルツィオに関しても、新資料は発見できていない。 共に調査に当たった現地研究者たちも私に同意を示すに至ったことから、本研究が、美術作品の年代設定の再検討の必要性を具体的に提起できたと考えている。
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