本研究は1920年代の国際連盟による「少数民族保護」政策について、特にヴェルサイユ体制を基軸とした国際関係史の観点から考察することを目的としている。そこで今年度は、昨年に引き続いて本テーマに関わる研究文献をさらに体系的に収集し、データベースの作成・刷新を行なった。とりわけ、中東欧全域に拡散して居住していたドイツ系マイノリティ住民をめぐって大国間の駆け引きがマイノリティを保護するという政策において大きな争点となっており、その際「マイノリティ」は、ヨーロッパの国際秩序の基盤となる国民国家にとって驚異的な存在として認識されたため、常に国家及び社会の安全保障との問題とリンクさせて把握される構造がシステム化してしまったのである。そうした状況は、戦間期ドイツの修正主義的な動向を経てナチズムへと展開する大きな要因をなしたのはもとより、1940年代半ばの「エスニック・クレンジング」に至る歴史的プロセスを促進することにもなったと考えられる。今年度から名古屋市立大学の山本明代氏に研究分担者として加わっていただくことによって、ハンガリー及びアメリカ合衆国の少数者の問題について史料調査を依頼し、より多角的な議論を行なう足場を築けるよう試みた。 また、2003年7月に山本氏を大阪に招聘し、中東欧地域における「マイノリティ」問題の歴史的背景と現状について、特にハンガリーを中心にワークショップを行った。また、国内における主要学会に参加し、様々な方面の研究者と意見交換を行なった。本研究の中間的成果として、2004年夏ごろをメドに、学際的な研究グループとの協力において、人文書院から共著で学術書を上梓することになっている。
|