本研究は、奈良県吉野郡川上村に所在する丹生川上神社上社の発掘調査を契機とするものである。 当社地は、おそらく8世紀代には祭場として認識され、平成10年に遷座するまでの間、約1200年以上にわたって、同一地に於いて祭祀が執行され続けたことが明らかとなっている。その初原形態は、1m×2mの長方形区画内に拳大の礫を集めたものであった。その後、それと重なるように5.4m×3mの長方形区画を設け、人頭大の石が敷き詰められた。さらに、中世初頭には、それらの遺構を覆い隠すように、その上に土石混合積み石垣基壇が造られ、社が建立された。 この調査結果から当社には、当初社殿などの建築物はなかったことになる。この事実は、現在考古学界で論争となっている、神社遺構や「弥生神殿」遺構に対する諸説に再考を促す契機になるものと考える。 そこで、今年度はそれらの論点を整理するとともに、神社遺構や「弥生神殿」遺構とされる過去の調査について、再検討を加えることを目的とする研究方針をたてた。 具体的には、過去に調査された遺構が、神社または神殿と判断できる必要十分条件とは何なのか。それを明らかにする方法として、現存する神社で、記録上創立年代が古代から中世初頭まで遡るもので、なおかつ、現在に至るまで社地が大きく移動していない可能性が高いものを選び、実地見聞することにした。勿論、存続期間が長年月に渉る神社は、多かれ少なかれ後世の改変を受けているわけであるが、重要なことは、それらが存在する立地および地形に対する社殿の配置や、集落・交通路、または、それ以外の社会的もしくは精神的関係であると考えられる。 そこで、本年は、そのような視点に基づいて、主に近畿圏内の延喜式内社を中心として、実地踏査を実施した。
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