ヒダリマキマイマイおよびヒメマイマイを実験系統として用い、殻の形態が著しく異なる系統群を交配させ、F1の形態の解析を行った。交配実験と形態解析の結果、サイズ、扁平率などの形質に高い遺伝率の存在が認められた。しかし、ヒメマイマイの扁平-尖り型の固体群から得られたF1は、両者の中間型になる場合のほか、いずれかの親の形質により類似する場合があり、母性効果の存在が示唆された。このような母性効果は当初まったく予期していなかった意外な結果である。またヒダリマキマイマイや一部地域のヒメマイマイの交配により得られた子孫は、両親のいずれとも異なる性質をもつ子孫が得られることがあった。このことは、巻貝の形態形成にかかわる遺伝的背景は、当初想定していたものより、はるかに複雑であることが示唆する。次に形質間の遺伝相関を解析したところ、殻のサイズと高さ、周縁の角度などに遺伝相関の存在が認められた。しかし人為的な外套膜の操作実験により、極端に高い殻高の個体や周縁角を持つ個体が得られた。このことは殻形態には遺伝的要因以外の要因も強く関与している可能性を示唆する。さらにマイクロサテライトDNAを増幅するためのプライマーを作成し、PCR法によって増幅した断片を、増幅断片長解析によりDNA多型の検出を行った。マイクロサテライトDNAの分析により得られたDNA多型をマーカーとして、これらの形質との相関を検討した。しかしながら、形質間の遺伝的関係のマッピングはできなかった。これはマイクロサテライト遺伝子座の数が不足しているだけでなく、巻貝の殻の遺伝的背景が、予想以上に複雑で、多様な要因がかかわっているためであると考えられる。
|