多段階発癌の機構など、発癌に関する分子生物学的な研究成果が蓄積されるにつれ、化学物質等による発癌リスクを数理発癌モデルにより評価する研究が進展しつつある。ヒト細胞を用いて行われる分子・細胞生物学的実験データに基づいて発癌リスクを評価する数理モデルを構築し、その評価結果を広島・長崎の被爆者を対象にする疫学調査データに照らして検証することができれば、微量発癌物質への長期・低濃度曝露による人の癌誘発リスク評価・管理に画期的な進歩をもたらすと期待される。 初年度の研究では、放射線誘発癌のリスクと非放射性化学物質による癌誘発リスクを同じ手順により評価する枠組みを構築することをめざし、ヒト細胞(ヒト前骨随性白血病細胞HL60)を用い、ベンゼンの代謝生成物であるカテコールの曝露が誘発する染色体異常の用量-反応関係とX線曝露が誘発する染色体異常の用量-反応関係を実験的に把握した。両曲線の勾配(slope factor)を比較することにより、カテコールが誘発する染色体異常の放射線当量(62.1nM/Gy)を得た。ベンゼンおよびその代謝生成物質のヒト体内動態評価モデル(PBPKモデル)を吟味し、経気道曝露されるベンゼンのヒト体内動態を評価する準備を整えた。 また、フォールアウトSr-90を対象に、食品等を介した日本人に対する低濃度持続的曝露の現状を調査した。最近の環境モニタリングデータからSr-90降下量の低減傾向を統計的に分析し、総括的な環境半減期が長くなる傾向を把握した。長期に亘る正確な曝露評価を実施するためには、既存の環境動態モデルの改変が必要になることを明らかにした。
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