生体内での物質レベルの認識には複合糖質の糖鎖の形がきわめて重要な役割を演じている。タンパク質に結合した糖鎖は大きく分けるとアスパラギン結合型(N型)とセリン・スレオニン結合型(O型)に分けられる。N型糖鎖は構成糖や形により、高マンノース型、混成型、複合型に分けられる。酵母、糸状菌類が高マンノース型糖鎖を有するのに対し、動物細胞のN型糖タンパク質には複合型糖鎖が結合している。糸状菌に動物型糖鎖を作らせる第一ステップは、動物の持つ複合型糖鎖に含まれるN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)を付ける酵素、GlcNAc転移酵素遺伝子をまず糸状菌に組み込み、細胞内で発現させる事である。平成14年度は計画通り、ヒト細胞よりクローニングされたGlcNAc転移酵素I(GnT-1)遺伝子をPCRにて増幅し、麹菌用高発現ベクターpNGA142プラスミドのグルコアミラーゼプロモーター下流に接続した。この発現用DNAをプロトプラスト化したAspergillus oryzae (niaD欠損株)にポリエチリレングリコール存在下で加え、浸透圧保護剤を含む最少培地でスクリーニングした。麹菌は一つの細胞に複数の核を含む多核細胞であるため、細胞内の核の純化を行うために最少培地での継代培養を4回以上繰り返した。第4次スクリーニングが終了した時点で安定な形質転換株2株を得た。一方、糖転移酵素は糖を付ける受容体側の糖鎖構造に厳密な特異性を有する為、GnT-1の受容体となる糖鎖構造を糸状菌が作れるかどうかについて調べた。α-マンノシダーゼは糖鎖を削り、GnT-1の受容体となる糖鎖を形作る酵素であるが、糸状菌のα-マンノシダーゼの基質特異性を詳細に解析した結果、動物細胞ゴルジ体のマンノシダーゼIBと非常に似ている事が明らかになった。一方、糸状菌の膜画分中にM9→M8への変換を行なう別のマンノシダーゼ活性も発見し、少なくとも糖転移反応の受容体を作る行程において、糸状菌は動物細胞に近い酵素系を有する事を明らかにした。
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