本研究の当初の目的は、細胞内シグナル伝達にとって重要な個々の細胞内分子のリン酸化レベルを、近赤外線(800-2500nm)吸収スペクトルの変化を利用し、細胞を非破壊にかつリアルタイムで検出するin situモニタリングシステムの基礎作りにあった。我々は本実験途中で、水の吸収が問題ではあるものの近赤外領域よりスペクトル変化の帰属が容易なフーリエ変換赤外(2.5-25μM)分光光度計(FT-IR)を使用する機会を、島津製作所の協力により得た。リン酸化反応を、共役して起こるATPからADPへの変化として捉えることを考え、in vitroでFT-IRを用い測定したところ、ATPとADPの固有のスペクトルを検出できた。かつ両者を混合した状態での濃度変化を、相関係数9.8以上で測定することが可能であった。実際に、ATPをADPとリン酸に分解するATPaseの活性を本システムで測定することもできた。さらに、リン酸化および非リン酸化ペプチドを合成し、in vitroで各々をFT-IRで計測したところ、リン酸化ペプチドにのみ固有の吸収スペクトルが現れた。これは、少なくともin vitroにおいては、本システムを用いてキナーゼ活性、ホスファターゼ活性を測定することが可能であることを示している。上記の結果は試料を通過する赤外光の強度を検出した結果であるが、さらに、反射光を用いる手法を適用したところ、SN比が増加するという良好な結果も得られている。また、基盤をシリコンからガリウム砒素にすることで低波数側もより信頼できるデータが得られることも明らかとなった。現在、ガリウム砒素を基盤に用い、細胞レベルで反射を利用した検出系の構築を行っている。
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