シオミズツボワムシ(以下ワムシと略記)は水産養殖魚の初期餌料生物として重要であるが、原因不明の増殖不良や個体群の突然の崩壊が起こり、魚類の増養殖分野における大きな問題の一つとなっている。ワムシ個体群の動態は、固体の寿命やストレス耐性によって支配されている。そこで本研究は多くの生物で寿命を制御することが知られているインスリン様シグナル伝達経路に着目し、本経路がワムシの寿命やストレス耐性に及ぼす影響を明らかにすることで、ワムシ大量培養技術の確立に基礎的知見を提供することを目的とした。 既報の線虫、ショウジョウバエなどのインスリン様シグナル伝達関連遺伝子群の塩基配列を参考に、縮重プライマーを設計した。このプライマーを用いて、種々の増殖段階のワムシから調製したRNAを鋳型としてRT-PCRを行った。その結果、寿命やストレス耐性に直接関わる抗酸化酵素マンガン型スーパーオキシドジスムターゼ(MnSOD)をコードする遺伝子、およびその転写を制御するPI3キナーゼをコードする遺伝子が得られた。これら遺伝子の演繹アミノ酸配列は、他生物種の相同分子といずれも60%前後の同一率を示した。さらに、MnSODの活性に重要なMn結合アミノ酸は完全に保存されており、ワムシにおいても本分子が他生物種と同等の機能を有していることが示唆された。 続いて、MnSOD遺伝子のmRNA蓄積量をカロリー制限下で寿命が延長したワムシと対照区のワムシの間でリアルタイムPCRにより比較した。その結果、ワムシMnSODのmRNA蓄積量は寿命の長いワムシにおいて高かった。さらに、PI3キナーゼの阻害剤を用いた培養実験を行ったところ、本キナーゼがワムシの寿命を制御していることが明らかとなった。以上の結果から、インスリン様シグナル伝達経路がワムシの寿命を制御している可能性が示された。
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