シオミズツボワムシ(以下ワムシと略記)は養殖魚の初期餌料生物として重要であるが、しばしば原因不明の増殖不良が起こり、魚類の増養殖における大きな問題の一つとなっている。このような個体数の変動は、それぞれのワムシが環境に応じて寿命や産仔数、ストレス耐性などを変化させることに起因する。本研究では、多くの生物で寿命およびストレス耐性を制御することが知られているインスリン様シグナル伝達経路に着目し、本経路がワムシの寿命やストレス耐性に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。 ワムシの実験個体群は、シグモイド型の増殖曲線を示す。個体数が少ない増殖期では、ワムシは1日中餌を食べている。一方、個体数が飽和している定常期ではワムシは1日におよそ1時間のみ餌を食べる。定常期の給餌条件下では、ワムシは繁殖を抑制し、そのエネルギーを転化して寿命を約2倍に延長させる。そこで、定常期と同程度の飢餓条件を与えた個体において、寿命やストレス耐性に関連する遺伝子の発現様式を定量的リアルタイムPCRにより調べた。 その結果、飢餓条件下で培養したワムシにおいて、抗酸化酵素マンガン型スーパーオキシドジスムターゼ(Mn SOD)の発現が若齢期で誘導されることが示された。この結果は他生物種における知見と一致し、インスリン様シグナル伝達経路によって制御されるMn SOD遺伝子が寿命を制御している可能性が明らかとなった。さらに、代表的なストレスタンパク質であるHSP70遺伝子につき同様の実験を行った。HSP70はストレスから生体を守り、寿命を延長させる機能をもつ。HSP70のmRNA蓄積量は、寿命の長い飢餓区のワムシで一生を通じて低かった。したがって、HSP70は寿命とは関連しないと考えられた。 以上、本研究では、ワムシから寿命関連遺伝子を単離し、それらの発現様式を調べた。その結果、定常期におけるワムシの寿命延長にはインスリン様シグナル伝達経路の寄与が大きいことが示された。
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