熱帯という地域の自然的・社会的諸条件(在地性)を出発点とした新しい畜産学の体系化、すなわち熱帯畜産学の創生を求め、本研究では家畜繁殖学領域からの一つの試みとして、熱帯畜産の潜在的制約要因である高能力家畜の暑熱環境不適応による母体の体温上昇に起因する初期胚死滅現象を取り上げ、その分子機構を明らかにしようとした。本年度は、まず、家畜において観察される母体暑熱感作に起因した初期胚死滅の誘発を、実験動物のマウスで再現する解析モデルを構築し、この案験動物モデルを用いて、母上体暑熱感作が卵管環境および初期胚発生をどのように阻害するかについて解析した。 1.初期胚の発生能を阻害する母体暑熱感作実験モデルの確立について まず、マウスの直腸温度を1℃〜2℃の範囲で上昇させる母体暑熱感作条件について検討し、次いで、この母体暑熱感作条件を交配直後の各時期のマウスに感作し、その後、適時に胚を回収して発生段階を比較した。その結果、交配直後の12時間の母体暑熱感作(気温35℃・相対湿度60%)によって、著しい初期胚発生阻害を示すことが明らかとなり、この実験モデルの有効性を確認した。 2.母体暑熱感作に起因した初期胚死滅の生理的な機序について まず、母体暑熱感作を受けた1細胞期胚と体外培養下で直接暑熱感作を受けた1細胞期胚を培養し、初期胚死滅誘発の作用経路について検証した。さらに、初期胚死滅が誘発される各段階で胚の酸化ストレスおよび細胞周期制御因子の動態について解析した。その結果、暑熱感作による初期胚死滅の誘発は、母体の体温上昇そのものに起因するのではなく、胚と卵管環境との相互作用を介した酸化ストレスの亢進が関与することが明らかになった。また、暑熱感作による起因する初期胚死滅の直接的な引き金は、細胞周期のチェックポイント機構を介した2細胞期での発生停止であること示唆する実験的証左が得られた。
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