「冷え性」は一般に良く使われているが、その病態はほとんど研究されていない.これまで行われているのは主として漢方医学の方面からのアプローチで、そこでは「末梢血管運動障害」と捉えられることが多い.本研究では冷え性の病態を生理学的に明らかにすることを目的に実験を行った。あらかじめインタビューから冷え症と考えている女性を中程度の寒冷(23℃)に曝露すると、冷え症ではない女性に比べて同じ深部温、皮膚温の条件でもより強く「寒さ」を申告した.また冷え症の女性は甲状腺ホルモン(T4)が正常範囲ではあるが非冷え症群に比べて低く、代謝量も低い傾向にあった.つまり「冷え症」の女性は正常範囲とはいえ、甲状腺機能が低下している.その結果代謝量(熱産生量)が低くなる.すると体温を維持するために2つの反応が起こる.(1)熱放散を抑えるために皮膚血管が収縮する.これは特に動静脈吻合の発達した四肢末端部(手足)から起こる.皮膚血管の収縮は皮膚温の低下を招き、その結果末梢部で「冷え」を感ずるようになる.(2)一方、自律系による体温の調節不全(代謝量低下)は代償的に体温調節行動(寒冷逃避行動)を促進する.それは寒冷への感覚の感度亢進という形で現れるであろう.以上のように冷え性は代謝の低下に対する適応反応と考えられる。一人で生活する場であれば、温度環境をその人にとって快適に設定することは可能である.しかし多人数が同じ空間を共有する公共の場では温度環境は平均的な人たちにとっての快適なものに設定されがちである.すると少数グループになるであろう「低代謝」の人たちは冷え症を訴える結果になる.公共の場の環境設定にも個人差を考慮することが必要である。
|