脳低温が虚血性神経細胞死を防御することはよく知られているが、その作用機序は不明のままである。本研究ではその作用機序解明のために、分子生物学的手法を用いて脳低温処置により脳内に発現する虚血脳保護遺伝子の検索を行った。スナネズミに脳温37℃で5分間の一過性脳虚血を負荷し、海馬CA1野に遅発性ニューロン死の発生を誘導した。虚血負荷1時間後より自動脳低温制御システムを用いて動物の脳温を24時間連続して32℃に維持した。その後復温させ、脳温回復6時間後、海馬CA1野を採取した。同様に虚血を負荷するものの虚血後の脳温を37℃に維持したままで、脳低温処置を施さなかった動物からも海馬CA1野を採取した。両群の海馬CA1野からそれぞれmRNAを抽出し、cDNAを調整・増幅した後、Subtractive hybridization、クローニングを行い、さらにDifferential screeningで陽性であった遺伝子についてDNAシークエンスを行った。その結果、遅発性ニューロン死の発生が誘導された海馬CA1野においては、アポトーシス関連遺伝子を始め、ニューロン死に対して虚血耐性を発揮すると考えられている遺伝子やニューロン死を導く効果を有していると考えられる遺伝子など数多くの遺伝子の発現が観察された。そして、低温処置を施した海馬CA1野では虚血海馬CA1野とは発現の程度が異なるいくつかの遺伝子が観察された。特にTyrosine phosphatase (receptor type)に関して、遺伝子発現の顕著な差が認められた。このTyrosine phosphataseは虚血ニューロン死の発生過程あるいは防御過程において重要な役割を果たしている可能性が高い。今後、精査を行い、これらの作用を検証する必要がある。
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