一過性の脳低温処置により虚血性ニューロン死が大幅に防御されることはよく知られているが、その作用機序は不明のままである。この脳低温の強力な虚血ニューロン死防御効果は虚血脳保護効果を導く遺伝子発現の可能性を示唆している。本研究では脳低温処置により発現する遺伝子について分子生物学的手法を用いて検索した。一過性脳虚血負荷により安定して海馬CA1野に遅発性ニューロン死が発生し、なおかつ脳低温処置によりその遅発性ニューロン死が完全に防御されるスナネズミを実験動物として用いた。独自に開発した小動物自動脳低温維持制御システムを用いて動物の脳温を32℃に24時間連続維持した。その後復温させ、海馬CA1野を採取した。同様に脳温を36℃以上に維持したままで、脳低温処置を施さなかった動物からも海馬CA1野を採取した。両群の海馬CA1野からそれぞれmRNAを抽出し、cDNAを調整・増幅した後、Subtractive hybridization、クローニングを行い、さらにDifferential screeningで陽性であった遺伝子についてDNAシークエンスを行った。その結果、脳低温処置を施した海馬CA1野においては、シナプス伝達に関連する遺伝子をはじめ、ニューロン死に対して虚血耐性を発揮すると考えられている遺伝子やニューロン死を導く効果を有していると考えられる遺伝子など数多くの遺伝子の発現に変化が観察された。そして、特にtyrosine phosphatase(receptor type)に関して、遺伝子発現の顕著な差が認められた。このtyrosine phosphataseは虚血ニューロン死の発生過程あるいは防御過程において重要な役割を果たしている可能性が高い。
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